その他

今年のお米...稲刈り。

今年も稲刈りの時期がやってきました。


今年初めての人、2年目の人、毎年稲刈りをしてきた素人メンバーで四苦八苦しながら、助っ人の手も借りて

はざかけまで終わらすことがきました。


お米、一粒一粒の重みに感謝して大変でしたがメンバー一同やりきりました...。



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秋の実り

今年も暑い暑い夏が終わりにちかづき、秋の気配が少し暑くもありますが風が心地よいここ日吉

 

WEEKEND百姓学校であります。

 

今年の夏の終わりには去年より沢山の野菜たちが収穫できました。

 

一つの野菜につき多品種の野菜を作り種取りができるもの、種芋にできるものなどもがあり、去年より今年、昨日より今日といった感じで週末自給農をこなしています。

 

またメンバーも増え6人体制で作業を行えるようになってきました。

 

また9月5日に東京海上日動火災保険株式会社さんが推進されている「Green Gift」プロジェクト。


去年に引き続き今年も百姓学校のイベント「サツマイモ収穫体験」をサポートいただけました。

 

こちらも大盛況におえることができました。

 

今年は昨年よりも参加人数がましてでのイベントでもあり大変でしたが皆様の多くの喜んだ笑顔をみる事ができ充実感に満ちた1日となりよき経験にもなりました。

 

秋は実り。

 

これからまた種を蒔くもの、収穫するものが沢山あります。


メンバ−6人と力を合わせこれからもWEEKEND百姓学校を盛り上げていきたいと思います。

 

のんびりと地に足をつけて。

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イベントのご案内

東京海上日動火災保険株式会社さんが推進されている「Green Gift」プロジェクト。

昨年に引き続き今年も百姓学校のイベントをサポート頂けることになりました!

日時は2015年9月5日(土)10時から、サツマイモの収穫体験を行います。

 

参加申し込み、詳細はこちらからどうぞ

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それでも今年も櫻はさいた

百姓学校第一期卒業生の戸嶋啓夫(高校教師)さんによる寄稿です。

 

こちらに帰ってから三度目の櫻である。山々には煙るように山櫻が霞んでいる。今朝は西大寺高校の始業式と入学式で、6時半に電車に乗って、移動喫茶の出勤中に山々をながめた。

「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」 ほんとうにそう思う。

櫻は同じように咲いたが(あと何回見ることができるのだろう?)今年は未曽有の東日本大震災プラス制御不可能の大原発事故。こんなことが起きるなんて!!最初はほんとに何がなんやら分からなかった。
以前から授業の中では東海沖、南海、西南海地震 同時勃発と言ってきた。
「大地震が起きるのは明日かもわからない、30年後かもわからない、でも必ず起きる。」それが、僕が生きている間に起きるなんて、どこかでそんなことはないとも思っていた。それが「実現」してしまうとは!!
実は今回「大地震発生、死者も出た模様」という第一報を車のラジオで聞いた時、てっきり東海地震だと思った。実際は三陸沖だった。それから次々に報道される大津波による惨状、大火災、目を覆うばかりだ。それに原発コントロール不可、そしてあれよ、あれよという間のメルトダウン寸前、放射性物質大拡散、海洋汚染。「フクシマ」は世界中から恐れられ、不安がられ 心配され、その動向が注目されている。こちらも同様だ、日本の科学技術は最先端と確信していた。しかし、技術は万全ではない、人間は必ず失敗をするものだ。これも理屈ではそうなるが、まさか起きるとは思っていなかったメルトダウン。
 
しかしはっきりさせておかねばならない。
M9.0の大地震と大津波は天災でも原発事故と風評被害は人災だ。天災を抑え込むことはできない、被害を少なくするよう対策をとることだけだ。ガイアから見たら取るに足らないこと、その持っているエネルギーをその長い生涯の中で何回目かの、ちょっと使っただけのこと。放射能(放射性物質)についても同じこと(地球内部の熱源は今でもずうーと放射性物質)、それを「愚かにも」人間が手を付けてしまった、征服できると考えて。
それにしても最高の知識と技術をもっているはずの日本の技術集団がこんなに想定外を連発するしか能力がないなて。少なくとも3/12日の段階では「原子炉の暴走を止めることには成功し、あとは冷やすことのみ」と思っていたのに。ソ連のチェルノブイリの事故の時「ソ連の技術と日本は違う」と安心させ、アメリカのTMIの事故にも「日本は大丈夫」と言い張っていた彼らが、いとも簡単に白旗を上げ、フランスに助けを求めるなんて。戦後の、いや明治以来の社会を作ってきた技術大国日本、教育の日本を根底から揺るがしてしまっているのだ。
 
 
戦後の理科教育の結末
66年前の、広島・長崎を知っていますよね。
「『リトルボーイ』と呼ばれたその爆弾は1945年8月6日真夏の太陽がギラギラ照りつける広島の上空300mで火の玉となり、10万人の人を即死させ、生き残った人々もその後の放射線障害によって苦しみながら殺されていった。当時の人々は「この現象についての知識を持っておらず、被害を予防し軽減する方策は取りようがなかった」
以上は広島原爆に関する解説である。
当時の人々にはこの新型、大量殺戮爆弾が何のことやら皆目見当がつかなかった。
しかし、今、被災し、避難している多くの人たち、風評に苦しんでいる農家や漁民の人々、大都市の市民に政府や東京電力のTV会見説明はわかっているのだろうか?最も何の心もない数字をだらだらと読み上げるだけで、しかも重要なデータはかくして、「わかってほしい」という誠意はみじんも感じられない。
どれだけの知識や認識が進んだというのか。少なくとも物理や化学の授業でじっくりと説明されたことはない!はずだ。これでは66年前と変わらない。そもそも、理科教育の中で、核分裂、放射線、放射性同位体について、まともに教える時間は設定されていない。そういう中でこの30年間、原発は「安全神話」のみを強調され、強行操業され人々は飼いならされてしまった。
SvとかBqとか半減期とか、こんな言葉を初めて聞かされて、「ハイ20㎞以内の人は出て行って」と言われても。放射線=恐ろしいもの→→思考停止=恐怖感のみで動けない。「何」が「どう恐ろしいのか」事実をしらなければ行動できない。
正しい基本的な知識が必要、無知では生きていけないことをつくづく思い知らされた。  
明日からの授業をどう作り直していくのか?!
僕自身もうかつだった。知らなかった。 
また新しい事実を知ってしまった。(「津波災害」河田恵昭)
「津波はヘリから見えるか?」 「ノー」である。
見える海域全体が盛り上がって、その「波?(うねり)」が新幹線より速いスピードで広がって行く。海岸に到着して初めて「見える」のである。そんなスピードで進んできた水の塊が、例えば岸壁に止められてその運動エネルギーが突然、位置のエネルギーに変わり、岸壁を乗り越えて陸上へ押し寄せるのである。すべてのものが家も船も鉄道ももちろん人も根こそぎ押し流される。津波の被害者は骨折よりも「やけど」が多いこともあるという。流されるとき地面との摩擦で生ずるという。ちょうど濡れたサンドペーパーで膝をこすり付けたように。
 
いまだに放射能は吐き出され続けている、制御不能。
3号炉ではMOX燃料も使われていた。「エエッ!」
こんなこと知らなかった、生のデータも見せないで「心配ない」を言うだけ。
僕らの理科教師の責任はおおきく、ヒロシマ・ナアガサキを血肉化してこなかった痛恨の慚愧だ。平和運動はやってきたつもりだが、授業には生かされなかった。
さらに、それは「豊かな生活」を求める高度成長路線の落とし穴なのかもわからない。
37年間、何を教えてきたのだ。少なくとも「自分で考えることができる」ことを目標としてきた。受験は通過点、巨大技術の庶民には手が届かないが、批判の目は持たねばならない、と。
 
一方、「頑張れニッポン」一色も恐ろしい。
事実を知らないままのがんばれニッポン、大丈夫だ、信じてる。
昔「一億総ざんげ」というのがあった。昭和天皇をはじめ、だれも責任を取らなかった日本のことだ。
これは繰り返してはいけない。
「頑張って勝つ」よりも「負けるが勝ち」に転換を
エネルギーへの過剰な依存と供給方法の根本的な再考が求められている。
復旧ではなく復興。阪神大震災の時も思ったのであるが「more&more」の考え方を根本から否定しなければならないと思う。いくら頑丈な橋脚を作ってもガイアの前には壊れる。しかも(丁寧なことに)地震や台風は必ず来る。それは「いつか」だけが問題で、必ず来る。今日よくても明日は危ないかもわからない。浜岡原発は依然として危険なままだ。東海、東南海地震が遠のいたわけではない。
来ても負けないような「もっと頑丈なものを」ではなく、来るのは確か、だとしたら「どう逃げるか、どう避けるか」低地に家を作ってはいけない。これは1000年単位ではない100年単位のはずなのに、明治33年の三陸地震とその津波の教訓は生かされなかった。
元に戻すだけの復旧ならお金さえかければすぐにでもできる。それではいけないだろう。こんな犠牲を目の前で見てきた日本人は(実はスマトラ島沖地震&津波で経験済みのはずだったが、「他人事」だった。)もっと深く、未来を見据えなければならない。「いま」のエネルギーより、未来のためのエネルギーを考えの基本にしなければならない。核使用済み物質の「無毒化(出来るはずはないのだが)」を考え出す前の見切り発車などやってはいけなかった。
僕らは戦争の悲惨さを太平洋戦争やナチスドイツの「話」を聞いて学んで、日本国憲法を守ってきた。過去から学んだ。そしていい国を作った(つもり)。
しかし今、「未来に向けては いい国であるのか」、疑問が恐ろしいほどに湧き上がってきている。不安だらけの世の中、
少なくとも、教育に携わる者は未来を生きる子供たちのために教えなければならない。
少なくとも、未来の子供たちを縛ってはいけない。環境問題でも世代間問題を柱にしなければならない。今の世代が、エネルギーを食いつぶしていいわけがない。ましてや「負の遺産」などとんでもない。
それには「今の生活を」深く反省する中からしか、答えは出てこない。
 
明治憲法が1945年で終焉を迎えたように、高度経済・成長戦略・倍増計画・成長社会etc.それらを支えたり推し進めた巨大技術、大量生産、大量消費のシステムを2011年は根本から考え直さなければならない。

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世界で最も危険な国・日本にて

2011年3月11日(金)午後2時46分

東北・関東太平洋側に南北500km・東西200kmにわたる大規模地殻変動による巨大な地震が発生。宮城、岩手、福島、茨城、首都圏にわたる広域で、巨大津波を主因として、16日現在で1万人以上〜2万人に達する死者が出つつあるという状況である。

 

さらに福島の第一原子力発電所で冷却装置不作動による炉心溶解(メルトダウンと容器亀裂、水素爆発)が生じたとされ、半径10〜30kmの範囲に避難と屋内待避命令が出され、今後に予断を許さないところに至っている。

 

この数日間で、巨大地震−巨大津波−原子炉崩壊が同時に起きることにより、日本は「世界で最も安全な国」から「世界で最も危険な国」へと一瞬のうちに暗転変貌を遂げたことになる。

 

 

いまのところ地震は地球表面をおおう異なった地殻プレートの相互噛み合いの限界越えによる破壊とされ、その危険性が従来ははるか西南の東海・東南海地域に想定されていたため、全くの「想定外」事態であったとされる。

 

また津波については地震発生時予測が高さ6〜10mとされていたところ、海岸から津波が内陸に進入する際、その高さと勢いがリアス式海岸の狭い開口部によって増幅され、さらに津波が海岸部の家屋残骸を呑み込みながら破壊力を増したため、海岸から3km以上離れた町でも瞬時にかつ徹底的に破壊されることになった。これも全くの「想定外」とされている。

 

原子力発電所もまた同様の「想定外」。直接には電力供給途絶によって冷却用ポンプが作動しなくなったことが契機とされるが、これを補償すべき緊急用ディーゼル発電機が3つの原子炉すべてで動かず、さらに最終補償手段とされた電力不使用の自然冷却システムも不作動となる。加えて圧力容器・格納容器の両方ないし一方にパイプシール不良が生じたこともあって、冷却水水位が低下することで燃料棒が露出して炉心溶融に至る。また格納容器を包み込む建屋内に水素が充満・引火して爆発。これが建屋の破壊のみならず格納容器の亀裂をも招き、放射性物質の外部拡散につながってしまう。膨大な核分裂エネルギーを制御すべき冷却システム、不拡散システムという原子炉のカナメの部分が、スリーマイルやチェルノブイリの教訓にもかかわらず、いとも簡単に破綻してしまったという事態と言えるだろう。

 

 

21世紀初頭「想定外」が頻発している

2001年9月11日のアメリカ・ワールドトレードセンターへの航空機突入を含む「同時多発テロ」は人為的な要因によるが、ワールドトレードセンターのツインビルの粉々の崩壊自体は、建築家の言葉によれば「想定外」とのことであった。

 

2009年9月のサブプライムローン破綻は、サブプライムローン設計者によれば「想定外」とのことである。
BSEの発生、ウィルスの変異による新型インフルエンザや抗生剤耐性菌の発生、考えてみれば「地球温暖化」にしても結果的に原因は「エネルギー浪費」であるとはいえ、人類にとっては「想定外」の事態であるに違いない。

 

ソビエト連邦の崩壊、ベルリンの壁崩壊、近くはエジプト・リビアの「市民革命」も、ドルの信用失墜も、また然り……

 

ヒトはそう賢い生き物ではなさそうだ。

 

 

人類の歴史も、われわれの人生も、本質的には「想定外」の連続であり、その積み重ねであるともいえる。
そう考えることにも十分な意味があるが、これほど想定外が短期間に重なってくるということになれば、やはり大きな歴史の転換点としてとらえ直し、力及ばずとはいえそれなりにこのことを考えていくべきなのであろう。
以下いくつかの点について雑感を記す。

 

 

東北地方の復興再生について

焦眉の課題はここにある。東北太平洋沿岸の産業は今回の巨大地震—津波によって徹底的に破壊されてしまった。農林漁業、加工業、販売業、サービス業のいかんを問わず、これを再生しなくてはならない。その再生にあたっては単なる原状復帰ではなく、日本全体・世界全体のテーマでもある社会の基盤としての第一次産業と地域社会の理想的なあり方をここで実現していくことが望まれる。

 

もともと東北地方は「原日本」としての強力なエネルギーが潜在しているところと考えられる。ゼロからの再生にあたって従来のあり方(都市型産業への依存)を根本的に変え、一次産業主導の産業構造を徹底して考え抜き、実現していくべきだろう。

 

またもともと歴史的に繰り返し津波に襲われている事実に踏まえ、住居・生産設備の高台への移転、平地を食糧生産地帯として再配置していくことが必要と思われる。

 

東北地方を改めて自然環境と調和した小エネルギーの森林里山都市として位置づけ直し、創造的な加工生産業、知的産業を好条件で誘致し、さらに世界的な貿易拠点へ変貌させることなどにより、世界中に「あるべき社会の姿」を示していけるようにしたい。

 

東北の再生に、日本の未来、世界の未来がかかっていると考えよう。いま、想定すべきことはここにある。

 

 

原子力発電とエネルギー問題について

核分裂の制御については、根本的な欠陥があることが再び明らかになってしまった以上、凍結するのが当然の選択といえるだろう。またこれに依存したエネルギー政策の転換を何としても行わなくてはならない。原子力発電には多様な権益が絡み、これがネックとなって思い切った自然エネルギーへの転換が進まなかった経緯がある。ここを突き破るよいチャンスが来たと考えるべきであろう。

 

太陽光、バイオテクノロジー、風水力などの自然エネルギー利用を急速に進め、燃料電池・コジェネレーションなども合わせた自立自給型エネルギーシステムを一挙につくることにより、中央供給型・エネルギー浪費型の従来システムを根本的に変えていくことが望まれる。

 

 

経済のあり方を根本から考え直す

市場経済の拡大に依存し続けた挙句、実体のない「信用経済」の極点に至ってしまったのが日本を含む世界経済の現状である。

 

この巨大地震と原子力発電所の炉心溶融は日本経済のあり方への信用を大きく失墜させることは間違いない。ドルとユーロの破綻を下支えしてきた日本経済への幻想もこれで失われ、世界経済はいっそう混迷の度を深め、世界経済恐慌がいよいよ顕在化してくるだろう。日本の巨大地震とメルトダウンは、日本だけの問題でなく世界全体への警告であることに思いを馳せるべきである。

 

いわゆる「先進資本主義国」日本の再生は、そのまま今後の世界の進む道へのモデルとなる筈である。
日本経済の再生は、東北地方の再生から始まる。

 

ここで生み出されるであろう、ビジョンと目的を明確にした健全な国内需要による経済の再編創出こそが「実体なき経済」からの訣別を具体化していくと考えられる。

 

そのためには東北再生のビジョンを国・地方レベルで立案するとともに、各企業・個人がこれに積極的にコミットしていかねばならない。

 

何よりも壮大かつ見識ある再生ビジョンを持ち、何よりもまず現地へ……

 

 

いま必要とされるのは、個人の主体性である。

 

 

 

アトガキ

ここ10数年間、成果と言えるものはありはしませんが、「再生」ということに取り組んできました。森林の再生、農地の再生、地域の再生、ひいてはヒト(まず自分)や事業の再生……と。

 

いろいろやってきてみて思うのは、結局すべてのことは根っこでつながっていて、ヒトが「自然」というものをどうとらえているか、というところに落ち着くように思えます。

 

私が関わっている「ウィークエンド百姓学校」の校長・小倉 昇さんが「人間都合でない植物都合の農業を」と言っていますが、ここに立ち還ることですかね。還る、というのは、ムカシ農薬も化学肥料もなかった頃は、否が応でも作物やムシのご機嫌を伺わないと作物がとれなかった。もちろんそういう百姓ばかりではなかったわけですが、マシなヒトはそう思いながらやっていた、と。

 

かくいう私といえば、50歳近くまではそういうことに全く無自覚なモダニストでした。「自然」に多少目を見開かされたのはそれ以降、いまでも植物・動物についての知識など並以下の有様です。

 

ただ学生時代に読んだ哲学書の「ヒトもまた自然の一部である」の一句だけは妙にアタマから離れず、これがわずかな心の支えにはなっていましたが。

 

いろんなことがあって、今となってみれば自分の欠落部分を補うような形で自然(ヒトも含む)と絡むこととなってしまいました。ヒトは余りに自然のことを知らなすぎる、ということはヒトもまた自然であるわけですから、自分自身の「何をすべきか、どうなすべきか」を見失うことになるのでしょう。

 

私の世代ですと、薪がガスになる、オイルランプが電球に代わることの快感や驚きを少しは覚えています。
そこらあたりからどんどんそっちの方ばかりに走り出して、何とも歯止めがきかなくなってしまった。「カネ」さえあれば何でも手に入る、いくらでも便利になる、その先に「理想社会」がやってくる、筈だ……と。

 

私のやってきたのは「至って利きの悪いブレーキ」みたいなものでしょう。ブレーキをかけようと思ってきたものの、踏力も弱く、しかけも悪いから一向に利かない。これがモロモロの「再生」活動でしたかね。

 

今回の震災では思いっきり引っ叩かれたように思います。

 

ハンパな「再生」ではいけません。「再生」にはノスタルジーがまとわりつきますが、やはりそれではいかんでしょう。

 

いま、そんなことを考えているところです。

津波による被災現場や、メルトダウンしつつある原子力発電所の映像を見ながら。

 

 

 

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トラクター操作方法の復習

今日は久しぶりの農作業でした。 畑へ出る前に、しばらく使用していなかったトラクターの操作方法について復習しました。 トラクター等の機械による事故が農業では多く、重要な研修です。 久しぶりにトラクターに乗ると、操作する動きがぎくしゃくし、トラクターの動きもぎこちなくなります。 春からの本格的な農作業に備えて、よいトレーニングになりました。 今日は、春野菜の準備のため、畑に牛ふんを鋤き込みました。
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蕎麦打ち&新年会

 今日は、深谷さん(研修生)のお知り合いである成田さんをWE100にお迎えし、蕎麦打ちをご指導していただきました。

 「蕎麦打ちは初めて!」というメンバーが大半でしたが、丁寧にご指導をいただき楽しいひとときを過ごさせていただきました。

 自分たちて育てた蕎麦をいただくのは、本当に感激のひとことでした。

 夜は成田さんが作って下さったおせち料理を囲んでの新年会。

 年齢、性別、職業などばらばらの人が集まり、農業の話から○○な話まで、楽しい新年会でした。

 蕎麦打ちのご指導、おせち料理の準備をしてくださった成田さんに御礼を申し上げます。

 ありがとうございました。

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蕎麦の製粉

蕎麦粉
蕎麦粉

WE100メンバーのみなさん、関係者のみなさん

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い致します。

 

WE100は、昨日が今年最初の定例でした。

昨日は、製粉機の掃除と試運転。

今日は、秋に収穫した蕎麦の製粉をしました。

昨夏の猛暑の中、耕運、播種、土寄せし、みんなで汗水流して育てた蕎麦が

今日、ようやく蕎麦粉になりました。

収穫7kg(製粉前)のうち1kgを今年の種として残し、6kgを製粉しました。

その結果、4.5kgの蕎麦粉ができました。

この蕎麦粉は、次回の定例で蕎麦打ちして、みんなでいただきます。

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福地トラクターパレードに参加しました

今年も!パレード参加しましたよ♪
トラクターにいっぱいの電飾をつけて町を練り歩く・・・
誰が考えだしたんでしょうかね?こんな奇天烈なイベント!?
昨年よりもちょっとだけ平均年齢が高い、我らが百姓学校チーム。
この山車のネーミングは「スローボート・トゥ・ヘブン」なり。

 

その他の写真はこちらへ→

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ランドラッシュ

 「ゴールドラッシュ」ならぬ「ランドラッシュ」という言葉。聞き慣れない言葉ですが、「ランドラッシュ」とは、いま世界で激化している「農地争奪戦」のことです。

 2008年の食糧危機では、世界の穀物の流れに異変が起き、小麦や大豆等を「穀物メジャー(多国籍企業)」が生産国から大量に買い集め、国際市場に供給する従来の流れが穀物生産国の輸出規制により麻痺しました。これを契機に、欧州、中東諸国、インド、韓国、中国等が喫緊の課題として、自国の食糧確保のためにウクライナ、極東ロシア、アフリカで広大な農地確保に翻弄しています。

 このランドラッシュは、新たな「植民地主義」とも呼ばれ、先進国と途上国の経済格差を大きくしていることも問題になっています。

 このような現実に対して、日本人は食糧確保のためにどのような自分の「将来像」が描けるか問われています。

 本書は、一般の人でも大変内容を理解しやすく書かれています。安全かつ安心な食糧確保という視点ではなく、迫り来る食糧危機という視点から、自給農について考えてみてはいかがでしょうか。

 

文責:ROMEO

 

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秋の収穫

落花生
落花生

今日は、落花生、ショウガ、ゴボウと収穫ラッシュでした。

ショウガ、ゴボウは、他の作業が忙しくほとんど手間を掛けられなかったのですがまあまあの出来です。

ゴボウは、サラダむすめという短い品種ですが、校長先生夫人から「良くできたね」とお褒めの言葉をいただきました。

落花生は、夏場に3度の草刈りを行い、かなり手間をかけたおかげで、かご2杯分の収穫がありました。

ショウガ
ショウガ

掘り上げただけで、プ〜ンとショウガの良い香りがしました。

ゴボウ
ゴボウ

ゴボウは掘るのが難しく、ほとんどが折れてしまいました。

次回は、折れないように工夫したいと思います。

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1日農業体験入学

落花生の収穫体験
落花生の収穫体験

今日は、会社を定年退職され、神戸市から瑞浪市へ移住されたJさんご夫妻がWE100へ1日体験入学に来られました。

体験メニューは研修生と同じです。

ショウガ、ゴボウ、落花生、小豆、里芋の収穫をお手伝いしていただきました。

お二人とも農作業は初めてとのことです。

はりきって備中を振り下ろしておみえでしたが、二日後くらいには、筋肉痛になりますよ。きっと…。(笑)

思い出すなあ〜

今から1年5ヶ月前、WE100に入校した当時は、はりきって作業したあとは決まって筋肉痛になったよな〜。

 

文責:ROMEO

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脱穀と玉ねぎの定植

玉ねぎの定植
玉ねぎの定植

今日は農作業をすると汗ばむくらいの良い天気でした。

午前中は、牛ふんと石灰を撒いて耕運・畝立てし、マルチを敷いて玉ねぎの苗を定植しました。

来年6月の収穫まで、元気に育ってほしいものです。

 

脱穀作業
脱穀作業

午後は、先月ハザ掛けした稲の脱穀作業です。

脱穀機も調子良く作動し、順調に脱穀作業を終えることができました。

脱穀後の稲藁は、ひもで結んで束にし牛舎へ運びました。

籾

脱穀した籾が黄金色に輝いてます。

自分たちで育てたお米は、どのお米より美味しいことまちがいなし。

おそらく3俵半くらいの収穫で〜す。

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秋の深まりと夏のなごり

もみじ
もみじ

百姓学校のある瑞浪市日吉町は、ずいぶん寒くなってきました。

名古屋市内と異なり、日中でも肌寒く感じられます。

校長先生宅の脇にあるモミジが、黄色から赤色に色づき始めました。

ピーマンと獅子唐

夏野菜のピーマン、獅子唐が収穫出来ました。

恐らく今年最後の収穫です。

ピーマン、獅子唐は大豊作でした。

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蕎麦の刈取りとハザ掛け

刈取りの様子
刈取りの様子

今日は、天気が良かったため朝から蕎麦の刈取りとハザ掛けをしました。

8月に播種し、猛暑の中、みんなで土寄せをし、ようやく刈取りを迎えました。

 

ハザ掛け完了
ハザ掛け完了

午前中にハザ掛け完了しました。

2畝程の栽培面積でしたので、収穫も少なめです。

稲刈りよりずいぶん楽でした。

みなさんお疲れさまでした。

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稲刈り&芋掘り 2日目

今日は、昨日に引き続き、はざ掛けとさつまいも掘りをしました。

はざ作りは、縄の結び方を校長先生に教わり、悪戦苦闘しながらなんとか骨組みを組み立てました。

骨組み完成後、刈り終わった稲の束を順序良く竿に掛け、午前中ではざ掛け作業が完了しました。

収量は、おそらく6畝あたり4俵くらいかな〜という予想です。

ヒエの大発生を乗り越え、予想を超える収穫になりました。

 

午後は、全員で昨日の続きのさつまいも掘りをしました。

備中で土を掘り起こす作業は、やっぱり辛いですね。

機械でできるといいよな〜とうらめしく思いながら、なんとか最後まで掘り終えました。

さつまいもの収量は、いまひとつかな〜と研修生全員反省しながら、次回リベンジを果たしたいと思います。

 

秋の収穫作業はまだまだ続きます。

みんな頑張りましょう。

 

文責:ROMEO

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稲刈り&芋掘り 1日目

今日は、待ちに待ったWE100のメインイベント稲刈りです。

朝から快晴。

研修生、研修生Jrも参加しての稲刈りです。

昨年入校した私は、WE100の稲刈りは二度目です。

先日の福地での実習もあり、稲刈りにもずいぶん慣れました。

 

朝一番は、やはり農園全体を歩き、収穫間近になった作物や播種した作物の状況を観察します。

小豆、蕎麦は来月くらいが収穫。

さつまいもは…。いのししに一部を荒らされている。

っというわけで、さつまいもは、急遽本日収穫することになりました。

秋じゃが、にんにくは順調に生育しています。

 

安本家の自分畑で収穫したかぼちゃです。

すばらしいできです。

 

稲刈り作業は、バインダーで刈り取りできない水田の四隅を手刈りしました。

あとはバインダーで…。というタイミングで、Jr達の手刈り隊が思うままに稲刈りを楽しみました。

その後、稲刈り隊は芋掘り隊に変わり、さつまいも畑で芋掘り体験をしました。 

稲刈り作業は、今日で全て完了しました。

はざ掛けが水田1枚分残りました。明日作業します。

 

文責:ROMEO

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10月2日 WE100 農場レポート

小豆畑
小豆畑

今日は午後からの作業です。

2週間ぶりの農場なので、まずは小豆畑の様子を…。

相変わらず虫食いだらけの葉っぱです。でも、生育旺盛で心配は要らないようです。

小豆って黄色い花が咲くんですね。初めて見ました。

来月11月には収穫出来るでしょう。

蕎麦の実
蕎麦の実

小豆畑の下が蕎麦畑です。

まだ辺り一面白い花が咲いていますが、初期に咲いた花がそろそろ実を付けています。

蕎麦の収穫も来月くらいかな〜。

稲穂
稲穂

いよいよ次回定例(10/16)で収穫予定のフクヒカリです。

稲穂も黄金色に…。

真夏の苦労が実を結びます。

10/16は、稲刈り、ハザ掛け作業です。

大根発芽
大根発芽

2週間前に播種した大根が発芽しました。

前回は発芽後虫に食われ失敗しました。

これから間引き作業します。

今日の作業は、白菜、キャベツの定植とニンニクの植え付けです。

白菜とキャベツの苗は、研修生の工藤さんが御自宅で育ててくださいました。

ニンニクはホワイト6片と中国ニンニクです。

 

苗はまだ小さめなので、次回定例で植えることも考えましたが、次回は稲刈りで多忙なため、今日植え付けることにしました。

白菜とキャベツは、除草のためにマルチを敷き、不織布でトンネルを作って防虫対策しました。

無農薬栽培なので、しっかり育つまでは対策しないと、あっという間に苗が跡形もなく消えてしまいます。

 

 

以上

 

文責 ROMEO

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9月19日 WE100農場レポート

畝立て作業
畝立て作業

今日は、朝から大根、カブ、ニンジンを播種しました。

先月播種した大根、カブは、発芽はしましたが虫に食べられ跡形もなくなりました。

ニンジンだけ、かろうじて生き残っています。

 

落花生畑
落花生畑

落花生です。

たくさんの草に囲まれましたが、真夏の3回の除草作業で見事に育ちました。

サツマイモ畑
サツマイモ畑

サツマイモの関八(晩生)です。

あたり一面サツマイモのツルと草です。

定植当初は、雑草の勢いに押され枯れそうになりましたが、除草により何とかここまで復活しました。

1株試し掘りしましたが、まあまあのできという感じです。

大豆畑
大豆畑

大豆は、葉っぱを虫に食べられ穴だらけです。

見たところ随分元気がありません。

莢はありますが、中に実が入っていません。

冬の味噌づくりが楽しみなのに…。

 

 

以上

 

文責 ROMEO

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9月18日 WE100農場レポート

小豆畑
小豆畑

猛暑が過ぎ、朝晩は肌寒くなりました。

ここ瑞浪市日吉町は、前回定例の暑さが嘘のように爽やかでした。

昼間の農作業は、もちろんまだ汗をかきますが、「暑くて死にそう!」ということはなくなりました。

とりあえず、メンバー全員熱中症にはなりませんでした。(腰痛で死にそうな人が2名居ましたけど…)

 

7月に播種した小豆です。

無農薬なので、葉を虫に食べられていますが元気に成長しています。

蕎麦の花
蕎麦の花

8月に播種した蕎麦畑です。

蕎麦の花が満開です。

先日の大雨のせいか、根元からポッキリ折れて倒れている株もありますが、順調に生育しています。

猛暑の中、みんなで一生懸命に土寄せをしただけありました。

たんぼ
たんぼ

6月に田植えをした共同水田です。

稲穂が黄金色になりつつあります。

今年の百姓学校のたんぼは、とてもたくさんのヒエが稲よりも旺盛に生えました。

しかし、先月の2日間に渡るヒエ抜き作業により、なんとか稲が元気を取り戻したようです。

稲穂
稲穂

ヒエ抜き作業により、私は腕がしばらく痒くてたまらなくなりました。

仕事中も、ポケムヒを塗りながらパソコンに向かいました。

イネ科の植物は、長袖の服を着て接しましょう。

来年は、ヒエがあんなに大きくならないうちに除草したいものです。

 

いよいよ頭を垂れてきました。

来月下旬くらいが稲刈りの予定です。

 

 

以上

 

文責 ROMEO

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農業体感ツアー(2010.8.28)報告

廿原ええのお全景
廿原ええのお全景

報告が遅くなりましたが、8/28(土)に岐阜県東濃農林事務所が主催した農業体感ツアーに参加しました。

見学した農場は、東濃地域の3つの農場です。

 

1.(有)廿原ええのお(多治見市廿原町)

 

国道19号内津峠から少し入ったところに(有)廿原ええのおはあります。

写真のように「ここは多治見?」と思うような美しい農地が広がっています。

(有)廿原ええのうは、後継者不足で休耕田が増え続く中、農地を改良集積し、機械化を進め集落営農をおこなうために廿原在住の地権者38名により設立されました。

平成21年度は、水稲662a、イチゴ25a、ブルーベリー210a、スイートコーン78a、ブロッコリー80a、レタス20aを作付けされました。水稲は、45aが冬期湛水不耕起移植栽培です。

見学した時期は、ブルーベリーが完熟する季節で、観光農園が開かれていました。

 

 

完熟したブルーベリー
完熟したブルーベリー

完熟したブルーベリーがあちこちに…

一度に5、6粒頬張るととてもおいしい。

ブルーベリーは、一粒づつ完熟するため、房が完熟するブドウと異なり、摘み取り作業は大変だそうです。

そこで廿原ええのおでは、観光農園にしてお客さんに摘み取っていただくことにしたそうです。

この観光農園は無農薬栽培をしており、冬場に害虫の巣をひとつずつ手作業で約2週間かけて駆除しているそうです。

 

発芽の様子
発芽の様子

2.水野ファーム(土岐市鶴里町柿野)

 

今春、サラリーマンを辞め就農された水野さんの農場です。

ここでは、ハウス4棟(2900m2)で小松菜の水耕栽培が行われています。

見学に伺った際は、就農したばかりということで、ハウス内の施設準備中のようでした。

ハウス内では、播種作業が行われていました。

水野さんが小松菜を選択された理由は、栽培のしやすさにあるそうです。

ハウス4棟で、播種から収穫のサイクルを年間23サイクルするそうです。

ちなみに、ハウス4棟の価格は2000万円です。

ナス畑
ナス畑

3.兼松さんの農園(瑞浪市土岐町奥名)

 

陶都信用農業組合主催の「野菜づくり塾」の講師として活躍されている兼松さんの農場です。

水稲70a、夏秋なす10a、一般野菜30aの農場です。

農場は、水田と畑の転作をされています。

ナス畑の畝は、通常の畝に比べて高く非常に大きな感じがしました。

それゆえに、水田として利用する時は、畝を崩して平地に戻すのにひと苦労するそうです。

ナス畑は、整枝が施され、整然としていました。

 

 

以上

 

文責 ROMEO

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霜里農場見学会

 今日、「NHK プロフェッショナル仕事の流儀」に出演かつ「絵とき金子さんちの有機家庭菜園(家の光協会)」等の書籍で有名な金子美登さんの農場見学会(埼玉県比企郡小川町)に事務局と研修生有志の計6名で参加しました。

 見学会は、座学、小川町での取り組み事例、農場見学のプログラムでしたが、金子さんが急病で入院中とのことで、倫子夫人から説明を受けました。

 霜里農場は、水田、畑各150aに牛3頭、鶏200羽、合鴨100羽を飼育しており、化学肥料・農薬等、工業生産物に依存せず身近にある資源(バイオマス・風・太陽)を生かして植物だけでなくエネルギーも自給する農法を目指しています。

 農場内には、エネルギー循環のための施設であるバイオガスプラント(メタンガス、液肥製造)、ガラス温室(ビニールの張り替えが不要でライフサイクルコストが安い)、廃食油を利用した農業機械などの施設が活用されていました。これらのハード的な取り組みに対して、コンパニオンプランツのようなソフト的取り組みもされていました。

 コンパニオンプランツは、2色のレタスを見た目に美しく配してあり、農場にも魅せる農業の重要性に気付かされました。またハウス内では、イチゴ、ネギ、大麦のコンパニオンプランツが行われていました。

 先進農家の農場を見学し、参加者全員が某かの刺激を受けたことでしょう。

 

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