それでも今年も櫻はさいた

百姓学校第一期卒業生の戸嶋啓夫(高校教師)さんによる寄稿です。

 

こちらに帰ってから三度目の櫻である。山々には煙るように山櫻が霞んでいる。今朝は西大寺高校の始業式と入学式で、6時半に電車に乗って、移動喫茶の出勤中に山々をながめた。

「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」 ほんとうにそう思う。

櫻は同じように咲いたが(あと何回見ることができるのだろう?)今年は未曽有の東日本大震災プラス制御不可能の大原発事故。こんなことが起きるなんて!!最初はほんとに何がなんやら分からなかった。
以前から授業の中では東海沖、南海、西南海地震 同時勃発と言ってきた。
「大地震が起きるのは明日かもわからない、30年後かもわからない、でも必ず起きる。」それが、僕が生きている間に起きるなんて、どこかでそんなことはないとも思っていた。それが「実現」してしまうとは!!
実は今回「大地震発生、死者も出た模様」という第一報を車のラジオで聞いた時、てっきり東海地震だと思った。実際は三陸沖だった。それから次々に報道される大津波による惨状、大火災、目を覆うばかりだ。それに原発コントロール不可、そしてあれよ、あれよという間のメルトダウン寸前、放射性物質大拡散、海洋汚染。「フクシマ」は世界中から恐れられ、不安がられ 心配され、その動向が注目されている。こちらも同様だ、日本の科学技術は最先端と確信していた。しかし、技術は万全ではない、人間は必ず失敗をするものだ。これも理屈ではそうなるが、まさか起きるとは思っていなかったメルトダウン。
 
しかしはっきりさせておかねばならない。
M9.0の大地震と大津波は天災でも原発事故と風評被害は人災だ。天災を抑え込むことはできない、被害を少なくするよう対策をとることだけだ。ガイアから見たら取るに足らないこと、その持っているエネルギーをその長い生涯の中で何回目かの、ちょっと使っただけのこと。放射能(放射性物質)についても同じこと(地球内部の熱源は今でもずうーと放射性物質)、それを「愚かにも」人間が手を付けてしまった、征服できると考えて。
それにしても最高の知識と技術をもっているはずの日本の技術集団がこんなに想定外を連発するしか能力がないなて。少なくとも3/12日の段階では「原子炉の暴走を止めることには成功し、あとは冷やすことのみ」と思っていたのに。ソ連のチェルノブイリの事故の時「ソ連の技術と日本は違う」と安心させ、アメリカのTMIの事故にも「日本は大丈夫」と言い張っていた彼らが、いとも簡単に白旗を上げ、フランスに助けを求めるなんて。戦後の、いや明治以来の社会を作ってきた技術大国日本、教育の日本を根底から揺るがしてしまっているのだ。
 
 
戦後の理科教育の結末
66年前の、広島・長崎を知っていますよね。
「『リトルボーイ』と呼ばれたその爆弾は1945年8月6日真夏の太陽がギラギラ照りつける広島の上空300mで火の玉となり、10万人の人を即死させ、生き残った人々もその後の放射線障害によって苦しみながら殺されていった。当時の人々は「この現象についての知識を持っておらず、被害を予防し軽減する方策は取りようがなかった」
以上は広島原爆に関する解説である。
当時の人々にはこの新型、大量殺戮爆弾が何のことやら皆目見当がつかなかった。
しかし、今、被災し、避難している多くの人たち、風評に苦しんでいる農家や漁民の人々、大都市の市民に政府や東京電力のTV会見説明はわかっているのだろうか?最も何の心もない数字をだらだらと読み上げるだけで、しかも重要なデータはかくして、「わかってほしい」という誠意はみじんも感じられない。
どれだけの知識や認識が進んだというのか。少なくとも物理や化学の授業でじっくりと説明されたことはない!はずだ。これでは66年前と変わらない。そもそも、理科教育の中で、核分裂、放射線、放射性同位体について、まともに教える時間は設定されていない。そういう中でこの30年間、原発は「安全神話」のみを強調され、強行操業され人々は飼いならされてしまった。
SvとかBqとか半減期とか、こんな言葉を初めて聞かされて、「ハイ20㎞以内の人は出て行って」と言われても。放射線=恐ろしいもの→→思考停止=恐怖感のみで動けない。「何」が「どう恐ろしいのか」事実をしらなければ行動できない。
正しい基本的な知識が必要、無知では生きていけないことをつくづく思い知らされた。  
明日からの授業をどう作り直していくのか?!
僕自身もうかつだった。知らなかった。 
また新しい事実を知ってしまった。(「津波災害」河田恵昭)
「津波はヘリから見えるか?」 「ノー」である。
見える海域全体が盛り上がって、その「波?(うねり)」が新幹線より速いスピードで広がって行く。海岸に到着して初めて「見える」のである。そんなスピードで進んできた水の塊が、例えば岸壁に止められてその運動エネルギーが突然、位置のエネルギーに変わり、岸壁を乗り越えて陸上へ押し寄せるのである。すべてのものが家も船も鉄道ももちろん人も根こそぎ押し流される。津波の被害者は骨折よりも「やけど」が多いこともあるという。流されるとき地面との摩擦で生ずるという。ちょうど濡れたサンドペーパーで膝をこすり付けたように。
 
いまだに放射能は吐き出され続けている、制御不能。
3号炉ではMOX燃料も使われていた。「エエッ!」
こんなこと知らなかった、生のデータも見せないで「心配ない」を言うだけ。
僕らの理科教師の責任はおおきく、ヒロシマ・ナアガサキを血肉化してこなかった痛恨の慚愧だ。平和運動はやってきたつもりだが、授業には生かされなかった。
さらに、それは「豊かな生活」を求める高度成長路線の落とし穴なのかもわからない。
37年間、何を教えてきたのだ。少なくとも「自分で考えることができる」ことを目標としてきた。受験は通過点、巨大技術の庶民には手が届かないが、批判の目は持たねばならない、と。
 
一方、「頑張れニッポン」一色も恐ろしい。
事実を知らないままのがんばれニッポン、大丈夫だ、信じてる。
昔「一億総ざんげ」というのがあった。昭和天皇をはじめ、だれも責任を取らなかった日本のことだ。
これは繰り返してはいけない。
「頑張って勝つ」よりも「負けるが勝ち」に転換を
エネルギーへの過剰な依存と供給方法の根本的な再考が求められている。
復旧ではなく復興。阪神大震災の時も思ったのであるが「more&more」の考え方を根本から否定しなければならないと思う。いくら頑丈な橋脚を作ってもガイアの前には壊れる。しかも(丁寧なことに)地震や台風は必ず来る。それは「いつか」だけが問題で、必ず来る。今日よくても明日は危ないかもわからない。浜岡原発は依然として危険なままだ。東海、東南海地震が遠のいたわけではない。
来ても負けないような「もっと頑丈なものを」ではなく、来るのは確か、だとしたら「どう逃げるか、どう避けるか」低地に家を作ってはいけない。これは1000年単位ではない100年単位のはずなのに、明治33年の三陸地震とその津波の教訓は生かされなかった。
元に戻すだけの復旧ならお金さえかければすぐにでもできる。それではいけないだろう。こんな犠牲を目の前で見てきた日本人は(実はスマトラ島沖地震&津波で経験済みのはずだったが、「他人事」だった。)もっと深く、未来を見据えなければならない。「いま」のエネルギーより、未来のためのエネルギーを考えの基本にしなければならない。核使用済み物質の「無毒化(出来るはずはないのだが)」を考え出す前の見切り発車などやってはいけなかった。
僕らは戦争の悲惨さを太平洋戦争やナチスドイツの「話」を聞いて学んで、日本国憲法を守ってきた。過去から学んだ。そしていい国を作った(つもり)。
しかし今、「未来に向けては いい国であるのか」、疑問が恐ろしいほどに湧き上がってきている。不安だらけの世の中、
少なくとも、教育に携わる者は未来を生きる子供たちのために教えなければならない。
少なくとも、未来の子供たちを縛ってはいけない。環境問題でも世代間問題を柱にしなければならない。今の世代が、エネルギーを食いつぶしていいわけがない。ましてや「負の遺産」などとんでもない。
それには「今の生活を」深く反省する中からしか、答えは出てこない。
 
明治憲法が1945年で終焉を迎えたように、高度経済・成長戦略・倍増計画・成長社会etc.それらを支えたり推し進めた巨大技術、大量生産、大量消費のシステムを2011年は根本から考え直さなければならない。