ウィークエンド百姓学校 校長  小倉 昇

 

一度は農業を捨てて電機会社サラリーマンを24年間、そこから思い直して再び農業へ、そして自然循環農法へ、という経歴の80歳。若い頃からの反骨精神は未だ衰えることなく「日本の農業を変えたい」という意欲は、食糧自給率30%、食糧危機下の状況で、さらに強く増すばかり。

人が食べ物や植物を大事にすることが根本。そのためには何より自分で農をしてみるべきだし、自分の食べるものを自分でつくるのは当たり前のこと。植物も人間も、生物はみな同じ生き物、そういう目で見ると世界が変わってくる、農業は人の生き方の基本だ。農業は楽しむもの、苦しまず楽してやれることが大切……と。

一見、頑固爺、実際も頑固爺。しかしこのジイさんの言うことに嘘はない。

 

 


農業。食と生命の根っこにあるもの

 農業とは、何か、そして何であるべきか?

 21世紀初頭の農民たちは、このことを全くといっていいほど考えていない。

 化学工業の発展により、農業の持つ本質的な意味がないがしろにされ、農業への意欲が失われ、ただ単に金儲けの手段におとしめられ、最も核心にあるべき「食糧生産」という大きな使命が忘れ去られてしまっている。

 農業には化学や産業一般のごとき、表面的な華やかさやわかりやすさがなく、地味な存在であるから、確かに若者をひきつける直接的魅力には欠けている。だが、農業こそは食糧生産によって人間の生命を第一義的・全面的に支えている、社会にとって最も基盤的本質的な産業なのだ。しかもその生産量は、その生産方法(栽培方法)次第で大きく変わってくることを忘れてはならない。

 

 

 これまでの農業では、毎日早朝からよるまで営々と働くことが当たり前で尊いこととされ、現場作業を合理的に減らしたり、新しい発想や切り口で見直していくようなことは不純であるかのように思われてきている。この点は国家政策や学者も全く同じだ。こうしたことからして若者は「意味なくただ働き続ける」ことに意義を見出せず、ますます農業から遠ざかっていくという次第である。

 農業について「業としての合理性」を追求する考え方がないがゆえに、目前の収量のみを追う化学肥料に頼り切りの栽培となり、作物の自然生態系と生育場は顧みられず、従って大型機械・化学肥料・農薬の3点セットによる「大規模農業」となってしまっているのである。この結果こそが現在の日本における「農業総赤字化」にほかならない。

 

 

単作大規模から、自然資源活用農業へ

 日本の農業はアメリカ型大規模単一作物集約農業であってはならない。

 日本の固有の自然・地形に見合った経営を独自につくっていかねばならない。日本を「無資源国」とみなす考え方が一般にあるが、これはとんでもない誤解であると思う。北海道から沖縄に至る長い国土には寒帯から熱帯までの温度差があり、四季があり、豊かな水と日照があり、川あり山あり、多種多様な植物・魚類・動物・昆虫が育つ……これこそが「かけがえのない資源」でなくて何であろう。きちんとチエを働かせれば日本には利用可能な資源は無尽蔵にあると言ってよい。

 工業は発展しているのか? 視点を変えれば現在の工業は「産業廃棄物」の生産業に化してしまっているのではないのか?

 日本や世界にいま必要なのは、自然生態系のありようを基本とし、従って農業こそを基本とした新しい産業の再構築でなくてはならない。自然条件に恵まれた日本こそが、まずその先鞭をつけるべきなのである。

 

 

自然循環多毛作・1日3時間農法を、いまこそ

 若い農業の担い手(あるいは新たな担い手)を育てること、今までになかった農法を確立すること。これが日本の農業の根本課題である。

 この解決に向けて、私は「自然循環多毛作農法」を社会に提案していきたい。従来の農業は農地を米用・野菜用というように単作限定して使っており、従って「国土が狭い」と言いつつ、実は農地の有効活用が行われず、連作障害も深刻になっている。

 一枚の農地を米→麦→野菜→牧草などとして使い回すことで、養分の欠乏と過剰は防がれ、土の生態系は健全に保たれ、雑草の繁茂は抑止され、化学肥料や農薬はほとんど使う必要がなくなる。農地の生産力が大きく引き出される(通年農業、少面積多収量、土の活性化)ことで、労働量も大幅に減らすことができ、大型機械の必要もなくなる。畜産と合体させれば肥飼料費用も最小限で済む上に、大きな収入増も得られることになる。さらに生産と消費の結合(安心・安全な農産物を、利用者が生産地に来て買う)によって、日本人のバランスのとれた食生活を可能にし、新しい人間的なライフスタイルと生き方を提案していくことも可能となるのである。私はこれを「一日三時間農業」と呼んでいる。

 この考え方と実践を20年間繰り返し、私はいま、やっと自信をもって社会に訴えられるところまで達することができた。

 「これからの社会改革と新しい社会のあり方は、農業から!!」多くの若者、多くの日本人がこのことに気付き、起き上がってもらいたい。

 これこそが私の現在の切なる願いなのである。